仲間

私が高校生の頃、同じ街の別の高校が甲子園に出場した。
その高校は地元でも指折りの有名進学校で、高校野球でも有名だ。
当然「野球入学」もあり得る。
私の同級生もその一人だった。
中学が同じだったというだけで、直接は知らない。
夏の甲子園ではベスト8まで行ったのだったろうか。
彼は、その活躍のおかげで有名大学へ進学した。
大学野球でも活躍した。
でも、彼の人生が輝いていたのはそこまでだった。
身体を壊し、野球をやめなければならなくなった時、
それは同時に「大学を辞めなければならない」事を意味した。
彼は郷里に戻った。
しかし、彼は野球しかしてこなかったから、「つぶし」がきかない。
色々な職を転々としたらしい。
10年程たったある日、私は同級生と一緒に駅裏の小さな寿司屋に入った。
彼はそこで見習いをしていた。
客として、彼の高校の同級生が来ていた。
同窓会のようだった。
聞くともなしに彼らの話を聞いていた。
彼らが学生の頃の「甲子園」の話で盛り上がっているようだった。
「あれやってよ〜」
と、女の子がせがむ。
彼がカウンターの中から客席に出てきた。
元放送部と思われる女の子がウグイス嬢の真似をする。
「○番、キャッチャー、○○ク〜ン」
彼は、バットを構える振りをして、
「ウォ〜ッツ」と雄たけびをあげる。
同級生達は、拍手喝采して大盛り上がりだ。
彼に何度も雄たけびをやらせる。
彼が雄たけびをあげる毎に、ハラを抱え涙を流して大笑いする。
まるで「見世物」だ。
同級生が来る度、やらされているのだろう。
見ているのが辛かった。
「てめーら、それでも友達か・・・!」
知らない連中でもあり、哀れむのも彼に気の毒で、早々に店を出た。
大笑いしている彼らは、学力で有名高校・有名大学に行き、
そして今は有名企業に入っているのだろう。
彼は違う。
野球が上手いというだけで有名校に行き、そして夢敗れ、人生に挫折したのだ。
だから30も過ぎて、こんな駅裏の小さな寿司屋で見習いをやっているのだ。
同級生達に悪気は無い。
でも、彼も同じ学び舎で青春時代を過ごした「仲間」ではないか。
彼が、同級生達と自分の境遇をどう思っているか、考えてあげられないのか。
「彼を忘れないでいてあげる」というのが、彼らなりのやさしさなのかもしれない。
でも、私には見ていられなかった。
同級生の存在というものは、時にとても酷いものなのかもしれないと思った。
その後、彼は「新聞配達」をしているという噂の後、行方知れずになった。
父親の法事にも、結局帰ってこなかった。
彼は、故郷を、そして「仲間」を捨てた。
夏の甲子園が始る度に、彼の事を想う。
どんな想いで、この晴れやかな「全国高校野球大会」を観ているのだろうと・・・。
彼には、今、「仲間」はいるのだろうかと。